唐突ですが、僕たちのダンスライフは、正直かなり恵まれていると思います。最近ヒップホップの成り立ちなど歴史について少しずつ書籍を読んだり情報を集めて学ぶようになり、ふと立ち止まって考えるようになりました。「自分はダンスを通して、何を伝えたいんだろう?」と。
カッコよさを追求したいから。踊ると気持ちいいから。これが自分だという表現をしたいから。理由は人それぞれで、どれも間違っていないと思います。そしてヒップホップの根底にも、もともとこういう概念があります。自分たちが置かれた悲惨な境遇を音楽やダンスにのせて発信することで、「これが自分だ」と示す。いわゆる「レペゼン自分」という考え方です。
「悲惨さ」のレベルが、あまりにも違う
ただ、ここで一つ引っかかることがあります。「自分が置かれた悲惨な現状」というときの、その”悲惨さ”のレベルが、僕たちと、かつてヒップホップを作り上げてきた偉人たちとでは、雲泥の差があるということです。
現代の日本を生きる僕たちにも、不満がないわけじゃありません。「もっと給料が多かったらいいのに」とか、そういう類の不満は誰しも抱くと思います。でもそれは、生死に直結するようなヤバさではないですよね。仮に生活が苦しくなったとしても、日本にはある程度の社会保障があります。さまざまな制度をうまく使えば、なんとか生きていくことはできる社会です。
ヒップホップ発祥の地、ブロンクスの現実

一方で、ヒップホップ発祥の地であるアメリカ・ブロンクスの歴史を調べてみると、その悲惨さは僕らの想像を軽く超えてきます。
街には失業者が溢れ、治安はどんどん悪化していく。ギャングどうしの抗争が絶えず、まるで戦争のあとかと錯覚するほどボロボロになった建物が並び、あちこちで火の手が上がっている。ドラッグは蔓延し、街そのものが政府から見放されたかのように崩壊していく。戦後の日本に生まれ育った僕たちからすると、正直、異世界としか言いようがありません。
そんな日々のフラストレーションのはけ口として、ヒップホップは生まれました。ある意味では、ギャングたちの「更生プログラム」的な役割も担っていたと言われています。ヒップホップという音楽にのせて、自分たちの日々の悲惨さを外に向かって発信し続けることで、黒人としての地位を少しずつ、しかし確実に向上させていった。これがヒップホップのざっくりとした成り立ちです。
暴力的なギャングの抗争を、力ではなく”踊り”というかたちで抑える役割を果たしたブレイクダンスも、その大きな一部でした。ヒップホップ文化は、常に彼らの日常と密接に結びつきながら、時代とともに姿を変え、自分たちが前に進むための”ツール”として発展してきたのです。
現代の僕たちに、そこまで切実な”発信材料”はあるか
こうした歴史を知ったうえで、あらためて自分に問いかけてみます。現代を生きる僕たちに、ここまで差し迫った発信材料なんてあるでしょうか。
現代の日本において、人種差別はそこまで蔓延しているわけではありませんし、自分たちに人権がないと感じるほど虐げられる場面も、ほとんどないはずです。だからこそ、ヒップホップの歴史を知れば知るほど、「趣味としてダンスをしてみたい」というモチベーションが、なんだかとても軽いものに感じられてしまうんです。
軽いモチベーションを否定したいわけじゃない
誤解しないでほしいのは、そのことを否定したいわけではまったくないということです。僕自身、ダンスは趣味としてとても有用なものだと強く思っています。
身体ひとつあればできますし、ブレイクダンスのようなアクロバティックな動きではなく、普通に立って踊る程度であれば、ケガのリスクもほとんどありません。音楽に合わせて身体を動かすという行為そのものが、ちょっとした脳トレにもなっていると思います。だから、「楽しいから踊る」というモチベーションは、それだけで十分に価値があるものです。
歴史を知ることで、感謝の気持ちがこみ上げてくる

僕が言いたいのは、こういうことです。現代では「ダンスを楽しみたい」というシンプルな気持ちからヒップホップに触れる人がほとんどだと思います。それ自体は自然なことです。でも、ヒップホップの歴史を知れば知るほど、自分たちがこんなにも気軽にヒップホップに触れられていることに対して、じわじわと感謝の念がこみ上げてくるんです。
先人たちの大きな犠牲と努力のうえに、ヒップホップという文化は世界中に広まりました。そして僕たちは今、その文化を、安全で安心な日常のなかで、ただの娯楽ツールとして楽しく使わせてもらっている。そのことのありがたみを、ふと感じてしまう瞬間があります。
ルーツを知ることで、もっと深く楽しめる
ヒップホップはこれからも世界中に広がりながら、形を変えて発展し続けていくと思います。でも、その歴史をたどり、ルーツや原型がどんなものだったのかを理解しておくことで、僕たちはヒップホップの楽しさ、ありがたさ、そして素晴らしさを、より深いレベルで受け取れるようになるはずです。
これからも、ヒップホップの歴史を学びながら、この文化に触れていきたいと思っています。



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